『インターステラー』ノーラン監督の次回作には「人工知能とネットワークがもたらす不安」を描くサイバーパンクを期待

石橋秀仁 (Hideto Ishibashi)
5 min readDec 19, 2014

クリストファー・ノーラン監督の最新作『インターステラー』は素晴らしい作品でした。また観たい作品です。ですが、この文章では『インターステラー』自体は批評しません(代わりに東浩紀氏のインタビューでもご覧ください)。ノーラン作品群に通底するテーマと、そこから次に期待する作品像について書きます。

映画『インセプション』のポスターアート

「人間の存在の土台」を揺さぶり「存在論的不安」を描くのがノーラン節

ノーラン監督は「人間の存在の土台」を揺さぶるようなテーマに拘っている作家です:

  • 『メメント』では「記憶」という自己同一性の土台を揺さぶり、「自分は何者なのか」という不安を描いています。
  • 『ダークナイト』では米国的な「正義」という価値観の土台を揺さぶり、「自分が信じてきた『正しさ』は本当に『正しい』のか」という不安を描いています。
  • 『インセプション』では「覚醒状態」という世界観の土台を揺さぶり、「この世界は夢かもしれない」という不安を描いています。
  • 『インターステラー』では「地球」という生活環境の土台を揺さぶり、「人類は絶滅せざるを得ないのか」という不安を描いています。

いずれも「人間の存在の土台」を揺るがすようなテーマです。私達は、「自分は何者であるのか」という自己認識が揺らいでしまえば、まともに生きることができません。「正しさ」を見失ってしまえば、自信を持って生きることができません。「この世界は夢かもしれない」という妄想に取りつかれては、この一回きりの人生を真剣に生きることができません。「人類が子や孫の代で滅亡するかもしれない」としたら、将来への希望を持つことなどできません。

そして、「人間の存在の土台」が揺るがされたときに生じる不安のことを「存在論的不安」と呼びます。「存在についての不安」あるいは「存在とは何であるかについての不安」という意味です。

最新作『インターステラー』では「土台」(ファンデーション)という言葉が象徴的に用いられています。まさに「人間の存在の土台を揺さぶり、存在論不安を描く」というノーラン節のテーマが、分かりやすく提示されています。

映画『攻殻機動隊: Ghost In The Shell』のポスターアート

ノーランが描く「人工知能とネットワーク社会がもたらす存在論的不安」を見たい

ノーラン監督の次回作として、ネットワークと人工知能が高度に発達した未来社会を描くサイバーパンクを期待します。

ネットワークが高度に発達して「他人の脳にアクセスできる」「他人と記憶を共有できる」ような『攻殻機動隊』的な世界になれば、「近代的で個人主義的な自我と主体」という社会の土台が揺さぶられます。また、ビッグデータと人工知能の発展の先には、「人間が人工知能に取って代わられるのではないか」という存在論的不安が待っています。士郎正宗原作『攻殻機動隊』シリーズを観た方なら、それぞれのテーマが異なる作品の主題になっていることがお分かりになるでしょう。

(なお、伊藤計劃作品でも「近代的で個人主義的な自我と主体」についての存在論的不安はテーマになっています)

「人工知能とネットワーク社会がもたらす存在論的不安」は、情報哲学・情報倫理学的にも重要なテーマです。情報哲学者ルチアーノ・フロリディによれば、人類はこれまで3回の「存在論的な革命」を経験してきました。つまり、「我々人間とは何者であるか」について根本的理解が、3回も覆されてきたのです。そして「情報革命」こそが「第4の革命」であるというのです:

1. コペルニクス革命(地動説):「我々は宇宙の中心に位置する不動の存在だと思っていたのに、じつは我々は太陽のまわりをぐるぐると回っているだけだった」という衝撃

2. ダーウィン革命(進化論):「我々は神によって造られた存在で、他の動物たちとはまったく異なる存在だと思っていたのに、じつは他の動物たちと切り離された別個の存在ではなかった」という衝撃

3. フロイト革命(無意識):「我々は自分自身を理性的に統御している存在だと思っていたのに、理性では制御できない無意識というものに多大な影響を受けていた」という衝撃

4. チューリング革命(情報技術):「我々は一人ひとりが単体(スタンド・アローン)だと思っていたのに、相互に結びついたインフォーグ(情報的有機体)であった」という衝撃

人工知能が高度に発展した世界で、我々人類にとって「知性とは何か」「人間性とは何か」という存在論的な不安と問いは不可避です。この問題はすでに人類に突き付けられています。今世紀中には大論争が巻き起こるかもしれません。

ノーラン監督ならば、「人工知能とネットワーク社会がもたらす存在論的不安」をどんな映画にするでしょうか。ぜひ観てみたいものです。『オール・ユー・ニード・イズ・キル』という前例ができたことで、「士郎正宗作品や伊藤計劃作品のクリストファー・ノーランによる実写映画化」も夢想してしまいます。

情報建築家からは以上です。

追伸:名作SFアニメ『トップをねらえ!』を観たくなりました。

追記:翌日に見た『楽園追放 -Expelled from Paradise-』がツボでした。

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石橋秀仁 (Hideto Ishibashi)

ソフトウェア開発者/情報アーキテクト(IA)/アート・ファン https://hideishi.com