先進国で増えている子供を持たない人たちの「家族の哲学」

The Economistの記事 「子無しの増加」(The rise of childlessness) が面白かったので紹介します:

  • 欧州の都市住民のあいだで「子無し」が増えている。
  • ドイツでは40代前半女性の22%、ハンブルクでは32%。
  • 「子無し女性率」と「子供の平均数」には驚くほど相関がない。
  • 現代の子無し女性率は20世紀前半に匹敵するが、20世紀後半は大幅に落ちる(チャートの「くぼみ」)。これは工業化以前の社会規範の残滓、つまり「家計を支えられる仕事につき、収入が安定して初めて一人前の大人であり、そののち結婚するものだ」という。
  • そういう規範は無くなっていないが、状況は変わってきた。ドイツでは最近まで託児所が足りず、子無し女性と働く母親は反目しあってきた。しかし最近では子無し女性への風当たりは弱まってきた。
  • 働く母親に厳しい社会ほど子無し女性率は高い。最たる例が日本だ。1953年生まれで11%だった子無し女性率が、1970年生まれでは27%に急上昇している。
  • どこでも高学歴女性は子供を持たない傾向がある。特に非職業訓練的な学位に顕著。1950年代後半生まれで社会科学を専攻したスウェーデン女性の33%が子無し(小学校教師で10%、助産師で6%)。この違いは「子供好きが選びそうな職業だから」だけで説明できないかもしれない。つまり、「訓練を受けた教師は、訓練を受けた人類学者よりも、若いうちに安定した仕事を見つけやすい」(A trained teacher can expect to find a stable job at a younger age than a trained anthropologist can.)。
  • 東欧旧共産圏の40歳以上の子無しの人々は、子供を持つ人々より少し不幸だ(※財産や婚姻をコントロールしたうえでの比較)。これは「スティグマ」の反映だろう。
  • リベラルなアングロサクソン国では、子無しの中年は「親」よりわずかに幸福だ。若い親は相対的により不幸だ。
  • 慈善基金の42%は子無しの人々による寄附だとする研究がある。子無し既婚者の遺書の48%で寄附が約束されている。これは親(子有り)ならわずか12%、祖父母(孫有り)ならほんの8%になる。
  • 男性のほうが複数の異性と子供を作る傾向にあり、それが子無し率の差にも現れている:1958年生まれの英国男性の22%が子無し、女性は16%。
  • 労働者階級や無職の男性ほど子無し。
  • 20〜30代を学業や仕事に費やした女性は子無しになりやすい。一方、「良き恋人」「良き夫」「良き父」の器でないと見なされた男性ほど子無しになりやすい。
  • しかし、この状況は変わりつつある。低学歴女性の子無し率も上がってきた。共稼ぎが当たり前になるにつれ、女性もまたかつて自分たちが男性を品定めしてきたのと同じ基準で判断されるようになってきた。
  • 今後も子無し率が上がり続けるのかは定かではない。単に景気循環の影響かもしれない。2007年の金融危機で米国30〜39歳女性の子無し率は急上昇した。

さて、これについての私の考えですが、まず言っておきたいこと。日本では「人口減少」や「少子化」が問題だということになっていますが、世界的には人口爆発こそが人類存亡の問題です。

みなさんご存知のはずですが、同時に、なぜか忘れている人も多いようです。報道のバイアスなのか、日本人が内向きで世界の問題に関心がないのか、いずれにせよ。

経済社会局は最貧国での集中的な人口増加が貧困や飢餓の撲滅などを掲げた国連の「持続可能な開発目標(SDGs)」履行に向けた課題になると指摘している。 — 2100年の世界人口は112億人、インドが首位に 国連予測 :日本経済新聞

日本社会の直近50年くらいを考えれば、急激な人口減少(人口オーナス)を乗り切るため、ある程度の少子化対策は必要です。しかし、100年以上の長期的なことを言えば、やはりマイルドな人口減少が望ましい。この狭い日本の国土に、江戸時代以降どんだけ増えてるの日本人。人口が減れば、一人当たりの利用可能資源は増え、日本人はもっと豊かに暮らせるようになります。例えば土地が余れば家賃は下がる。農家が減れば、集約・大規模化し、効率が上がり、農作物価格が下がる。家計のエンゲル係数が下がる。家賃と食費が下がれば家計も楽になる。経済的な意味で、生きるのがずっと楽になる。我々の死後、遠い未来の日本人のために、そういう社会を残したいと思いませんか。まあみなさんの賛同は頂けないかもしれませんが、個人的にはそう思います。

さておき、エネルギーや食料を始め、様々な資源を地球上のあちこちに依存している日本人にとって、「地球存亡の危機」は「日本存亡の危機」であることは厳然たる事実です。「日本人だけ幸福」「日本人だけ生き残る」などという世界はありえません。ならば、日本人は世界中の人々と共に繁栄していく道を考えざるをえません。

今回紹介した記事は主に欧州について論じていますが、日本に置き換えて考える材料にしていきましょう。

さて、先進国で子無しの人が増えても、彼らの財産が後進国の貧しい子供たちへのチャリティに使われるのであれば、それでグローバルなバランスは取れている、という考えも一つの見識でしょう。賛否はともかく。

日本で子供を1人作ると総子育て費用は2千万円程度だと言われますね。もし子供を作らず2千万円を寄附すれば、世界中の貧しい子供たち何十人、何百人に安全や教育を与えることができます。分かりやすく言えば、「コスパ」は圧倒的に高いわけです。真面目に言えば「功利主義」の問題です。

ここで別に「功利主義が正しい」と(ピーター・シンガーのように)主張しているわけではありませんから、誤解しないでくださいね。ここで論じているのは、世界がどうなるべきかを論じる規範的理論(べき論)ではなくて、世界がどうであるかを説明する記述的理論です。

世界的に子無しの人が増え、彼らによるグローバルな寄附もまた大きなシェアを占めているという事実があります。それを理解し説明するために、「人々の時代精神が功利主義的に変化している」という説明がありえるだろう、と言っているのです。

つまり、世界中で増えている子無しの人たちは、「血縁」「うちの子」という概念にとらわれず、もっと広い範囲で「子供たち」を支援することに関心があるのだと考えられます。それが「子無し既婚者の遺書の48%で寄附が約束されている」こと、その結果としての「慈善基金の42%は子無しの人々による寄附」という現状につながっている。では、その「関心」の背後にある思想や価値観は何でしょうか。そこには「家族」や「子供」についての、従来とは違う新たな思想や価値観があるのではないか。そう考えることで、彼らの行動がクリアに説明できるだろう、という話です。

ここで論じている「新たな思想」は、おそらく東浩紀著『ゲンロン0 観光客の哲学』第2部「家族の哲学(序論)」第5章「家族」で論じられている思想と同じものではないか、と思っています。私たちが目にしている「世界的に子無しの人が増え、彼らによるグローバルな寄附もまた増加しているという事実」をクリアに説明することができるのではないかと。

世界中で増えている子無しの人たち(※そろそろ名称を与えたくなってきましたね、「ミレニアル」みたいな、まあそれはさておき)の新たな思想や価値観は「功利主義」に似ています。「我が子か否か」にとらわれるコミュニタリアンの思想ではない。「我が子か否かではなく、どの子の生命も等価値」という功利主義の思想に近い。

しかし、彼らは決して原理主義的な徹底した功利主義でもないはずです。自覚的に「私は功利主義者です」と名乗る人はほとんどいないでしょう。いわば「マイルドな功利主義」「なんちゃって功利主義」です。というのも、彼らは功利主義の厳格な「平等の原理」によって寄附すべき対象を選んだりはしていないはずだから。偶然の出会いによって生じた「憐れみの情」によって寄附の対象を選んでいるに違いないから。厳格な原理に基づいていないから、「なぜそこに寄附して、あちらに寄附しないのか」という問いを突きつけられれば、答えに窮するでしょう。

しかし、厳格な原理に基づかない寄附の「いいかげんさ」にこそ希望を見出すのが「観光客の哲学」です。さらに、「私はこの世に新たな生を誕生させることはしなかったが、すでにこの世に誕生している子供たちのためにお金を使おう、そして親のように生きよう」というアイデンティティが「家族の哲学」です。(※というのが私の『ゲンロン0』読解です)

「自分には子供を持つ人生(別ルート)がありえたかもしれない」という想像力は、「生まれてこなかった子供を育てる」という幻想も可能にするでしょう。たとえ子供を作ろうとしたことがなくても、「もし自分に子供がいたら、どんな子だっただろうか」というふうに、人生の別ルート(可能世界)を想像することはできます。「生まれてこなかった子供」を想像することができます。その子があたかも世界のどこかで転生しているかのように想像することすらできるのです。

人は理由もなしに多額の寄附などできません。お金は大切ですからね。しかし、人は人生の別ルート(可能世界)を想像してしまうものでもあります。その想像力が人に寄附をさせます。

「私の寄附を通じて支援されることになる、この世界のどこかにいる子は、もしかしたら私の実の子として生まれてきていたかもしれないのだから」

世界的に子無しの人が増え、彼らによるグローバルな寄附もまた大きなシェアを占めているという事実の背後には、世界規模の思想的ムーブメントがあるはずです。それは、『ゲンロン0』で論じられたように、偶然の出会いによって生じた「憐れみの情」によって家族を拡張する思想ではないだろうか、と私は考えています。

情報アーキテクト(IA) https://hideishi.com

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