ポスト・コロナの世界秩序を予見するSF小説 伊藤計劃『ハーモニー』

東京に関して緊張感のある報道が増えてきました。しかし人々の受け止め方にはかなりの温度差があるようです。

ここでシェアしておきたい情報があります。

[1] 医師たちが「日本に住む全ての市民」へ届けるためのオンライン署名活動を始めたというニュース記事

[2] その署名ページ

[3] 『ハーモニー』というSF小説

[1] 新型コロナと闘う日本の医師らから、」日本に住む全ての市民」への「お願い」

署名の宛先は「日本に住むすべての市民」。「日本の医療従事者と医療を守るため、新型コロナウイルス感染症を食い止める行動をとりましょう」と、新型コロナウイルスの感染が首都圏などを中心に急増する中、さらなる対策や心がけを強く訴えかけている。

[2] 新型コロナウイルスと闘う日本の医療従事者と医療を守ろう

日本の医療従事者は、新型コロナウイルス感染症に果敢に挑み、多くの人々を救っています。しかし、今、首都圏では感染者が毎日増え続けており、人工呼吸器などが症状の重い患者さんで埋まってしまう可能性が高まっています。そうなると、本来、日本の医療水準であれば救えたはずの命が救えなくなります。その上、医療従事者を身体的にも精神的にも、極度に疲弊させることになります。

私はこの署名活動に賛同し、署名しました。

[3] ここでSF小説を紹介したいと思います。伊藤計劃の『ハーモニー』という作品です:

2019年、アメリカ合衆国で発生した暴動をきっかけに全世界で戦争と未知のウイルスが蔓延した「大災禍(ザ・メイルストロム)」によって従来の政府は崩壊し、新たな統治機構「生府」の下で高度な医療経済社会が築かれ、そこに参加する人々自身が公共のリソースとみなされ、社会のために健康・幸福であれと願う世界が構築された。

出典:ハーモニー (小説) – Wikipedia

リソース意識を植え付けられた人々は「公共的身体」として振る舞います。「自分の身体は自分のもの」という自己所有の感覚が弱まっているのです。

この物語の語り手は、国連の「螺旋監察官」という役人です。健康第一の統治原理「生命主義」を体現すべき立場にありながら、辺境の民との闇取引で煙草を入手するような「不良役人」です:

「螺旋監察官の生命権監察は新しい戦争の火種になりかねない。そんな場所で、個人の健康と長寿を何よりも優先すべき尊厳とする生命主義を掲げた我々が、酒や葉巻なんて自傷性物質を体内に摂りこんでいるなんてバレたら、大変なことになるわ」

誰にとって大変なのだろう。少なくとも自分にとっては問題ない。副流煙で誰かを傷つけてもいない。いくら身体を痛めつけようが自分のカラダで自分の勝手。とはいえ、右も左も公共的正しさ、リソース意識の昨今にあっては、こう考えること自体が恥知らずで破廉恥だ。

まるで今の私たちの世界を見てきたかのような書き振りです。作品は2008年に発表され、作者はすでに亡くなっています。若くしての病死です。

私はさきほど紹介した署名活動に参加する立場です。『ハーモニー』の言葉を使って言うならば、このようになるでしょう:

「みなさんは、この危機的状況下において、各自リソース意識を高めなければなりません。自分が感染するということは、医療崩壊にベッド一つ分加担するということを意味します。自分自身の公共的身体をウイルスから守ることが、ひいては共同体レベルや国レベルでお互いを守り合うことになるのです」

しかし、このような物言いには、ある種の不気味さが伴います。「健康ディストピア」の到来を予感させるような不気味さが。それもまた否定しがたいです。

先の引用に「公共的正しさ」という言葉がありました。「パブリック・コレクトネス」というルビが振ってあります。これが「政治的正しさ」(ポリティカル・コレクトネス、ポリコレ)にかけてあることは自明でしょう。ゼロ年代に書かれた小説ですが、時代を先取りした風刺が効いています。風刺が時代を先取りするとは。

いずれにせよ、これは大変難しい問題です。これまでの社会規範が「ポスト・コロナ時代」(略して「ポスコロ」)にも通用するか。あるいは社会を統治する原理の根本的な転換が必要になるか。そういう根本的な問いを突きつけられることになるかもしれません。国連やEUのあり方も問われるし、各国の統治のあり方も。

もちろん、事態がそれほど深刻にならなければ、そこまで大きな社会的変化も起こらないかもしれません。またもとの日常が戻ってくるのかもしれません。

まさに、そういう分岐点に、いまの私たちは立っています。小池都知事は25日の会見で「感染爆発の重大局面」と言いました。そして同席した大曲氏は「かかってはいけないと強く思う」と言いました:

「現場で患者さんを診ているとわかるが、悪くなるスピードがものすごくはやい。それまで話していたのに、徐々に酸素が足りなくなって、人工呼吸器をつけないと助けられない状況に数時間でなる。

それが目の前で起き、ものすごく怖い。かかった人に持病あれば、そういうことが起きる。やっぱりかかってはいけないと強く思う」(大曲氏)

出典:Business Insider Japan

この「重大局面」をなるべく少ない犠牲で乗り切らなければなりません。この世界が「大災禍」を経験しないために。

ソフトウェア開発者/情報アーキテクト(IA)/アート・ファン https://hideishi.com

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