デジタル庁トップに女性登用の件

デジタル庁トップに女性登用の方針。大賛成です。テック業界のジェンダー・バランスの正常化を実現していくべきだと思います。

一見リベラルな米国西海岸のテック産業でも、セクハラやミソジニーの蔓延がしばしば指摘されます。根深い問題です。ピーター・ティール氏に代表される暗黒啓蒙(新反動)主義者たちは、筋金入りのアンチ・フェミニズム/アンチ・ポリコレですし。

そういう業界なので、女性は大変だと思います。そして、女性が差別に苦しむ社会は、結果的に男性を苦しめる社会でもある(「男性学」的観点)。このことは、なかなか理解されていませんね。

山猫総研による「日本人価値観調査2019」によると、自民党を最も高く評価する(保守的な)層ですら、「国会議員の一定割合を女性とする制度の導入に反対」ではないし、「職場におけるセクハラ問題はもう日本では解決した」と思っていません。日本人は意外にリベラル?

……かと思いきや、一方では「女性が社会進出したことで、人々の生活の質はむしろ向上した」という問いに、「どちらとも言えない」と回答しています(※自民党評価度によらない、日本人の全体的な傾向、つまり民意)。

「実」が伴わない女性リーダーに対して、日本人は厳しい視線を向けているということでしょうか。(※あるいは「失われた20年」の経済停滞と女性の社会進出が重なったことで、「女性の社会進出と経済停滞に相関がある」という疑似相関的な認識の人が多かったのかもしれませんし、様々な解釈は可能だと思いますが)

これはさきほどとは一転して「保守的」に見えますし、実際そういう側面もあると思います。ただ、これを日本人の「現実主義」(リアリズム)的な側面と見ることもできます。

顔や知名度、そして女性であることだけでリーダーを選ぶ「目玉人事」は、一時ニュースを賑わせます。しかし、人々は案外冷静に具体的な成果を求めているのではないでしょうか。

デジタル庁のトップに、実力があり、成果を出せる女性リーダーが登用されることを期待したいと思います。

追記:

この主張について、次のような批判がありえるでしょう。つまり、「なぜ女性だけ、実力がなければトップに就任してはいけないなどと言われなければならないのか。男性の無能なトップはいくらでもいるではないか」と。

それはもちろん正当な批判です。しかし、大事なことは、理論的に正しい批判をすることではありません。現実にそのような男女差別の構造を解消していくことです。そのためには、「女性リーダーの就任」や「女性リーダーの活躍」の成功事例を作り、次につなげていくことです。

デジタル庁トップへの女性登用は、たいへん象徴的な人事です。その人事が失敗すれば、「やはり女性リーダーはダメだ」「それみたことか」という保守派の声が強まります。逆に、デジタル庁が成功すれば、社会の空気は一気に変わるかもしれません。

この人事は、日本における女性の社会進出の「フラッグシップ」だと言えます。ですから失敗は許されません。現実主義的に考えて、デジタル庁トップへの女性登用は、実力を伴った人事でなければならないし、多くの人が「デジタル庁トップは女性でよかった。あの人で良かった」と思えるような成功事例になるべきです。それが日本社会の男女差別を解消していくことにつながります。

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